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神戸地方裁判所尼崎支部 昭和43年(ワ)150号 判決

原告

川平静夫

被告

甲山タクシー株式会社

ほか一名

主文

一、被告らは原告に対し、連帯して、金九一三、七四九円およびこれに対する昭和四三年四月二三日以降完済まで年五分の金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを平分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四、この判決は第一項に限り仮に執行できる。

事実

原告訴訟代理人は、被告らは原告に対し、連帯して金一、六六六、九〇一円およびこれに対する昭和四三年四月二三日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として

一、原告は、タクシー会社のタクシー運転手であるところ、昭和四二年四月四日午前一〇時二〇分頃、タクシー車を運転して尼崎市神田北通一丁目の阪神尼崎駅の北方にある同所九番地先交差点を、南から北方へ通過していたところ、たまたま西方から暴走して来た被告山田運転にかかる被告会社保有のタクシー自動車(加害車)が、原告運転車(被害車)の左側後部に衝突した。

二、右事故により、被害車は著しい損傷を蒙つたところ、原告もまた頭部を強打し、頭部外傷、頸推損傷等の傷害を蒙つた。

三、右事故は、被告山田の先入車優先無視、一旦停止または徐行義務違反、前方不注視等の過失により発生したものである。それで、同被告は不法行為者として、また被告会社は加害車の保有者として原告の蒙つた後記各損害をそれぞれ賠償せねばならぬ。

なお、原告は模範的な優秀運転手として社内表彰を受け、昭和四一年一一月二五日には兵庫県交通安全協会ならびに同県警察本部長より安全運転の表彰を受けている。

四、原告は、本件事故により左記損害を蒙つた。

(一)  治療費 金三七八、六八三円

1  近藤病院費用 金三五九、四七三円

原告は、事故当日から同月二六日まで二三日間同病院に入院し、更に退院後同年一一月二七日まで二一五日間これに通院した、その費用である。

2  脳波テスト 金五、九六〇円

3  マツサージ代 金四、〇〇〇円

4  治療器具代 金九、二五〇円

(二)  通院交通費 金二八、九五〇円

(三)  付添看護費 金二三、〇〇〇円

原告は、入院中妻紀子の看護を受けたが、その看護料を一日、金一、〇〇〇円として計算した。

(四)  休業損害 金四三一、七二八円

原告は、事故の翌日から同年一一月二〇日まで一八六日間欠勤して給料諸手当収入の利益を失い休業損害を蒙つた。

1  賃金一八六日分 金三七五、七二〇円

原告の賃金日額は金二、〇二〇円である。

2  事故当月の減収 金一〇、〇二七円

3  夏季手当減収 金一〇、一六二円

4  年末手当減収 金三五、八一九円

(五)  逸失利益 金八三六、五四〇円

原告は、頸部に頑固な神経症状を残す旨認定を受け後遺症保険金二〇万円を受取つた。この障害等級は現行法によれば一二級一二号保険金三一万円に該当するところ、労働能力喪失の割合は三〇〇分の三一である。

なお、原告は依然として頭痛、頸部痛、めまいがあり、殊に疲れると首筋から後頭部にかけてズキンズキンと痛み、その都度運転を中止せねばならない。それで、通常の勤務時間(午後八時から午前二時)一杯には働けず、規定より二、三時間も早く仕事を中止しなければならないため、毎日減収を来している。ところで、右労働能力の喪失は生涯のものであるが、原告(大正八年三月三〇日生)の現在の日収は金二、〇二〇円であり、就労可能年数は一五年であるから、利率年五分による中間利息を控除した逸失利益の現価をホフマン式により算出すると金八三六、五四〇円となる。

(六)  慰藉料 金五二八、〇〇〇円

原告は、本件傷害(後遺症を含む)により重大な精神的苦痛を蒙つたところ、その慰藉料は、事故当日から同年一一月二〇日まで二三〇日間は日額金一、五〇〇円の割合で、その翌日から昭和四三年一一月二〇日までの間は日額五〇〇円の割合で計算した合計金五二八、〇〇〇円である。

(七)  弁護士費用 金一四〇、〇〇〇円

合計 金二、三六六、九〇一円

五、右損害に対し、原告は、いわゆる強制保険から金七〇万円を受取り、そのうち五〇万円を前記四の(一)と(四)の損害に、残金二〇万円を同四の(五)の損害にそれぞれ充当したので、残債権は次のとおりである。

(一)  通院交通費 二八、九五〇円

(二)  付添看護費 二三、〇〇〇円

(三)  休業損害 三一〇、四一一円

(四)  逸失利益 六三六、五四〇円

(五)  慰藉料 五二八、〇〇〇円

(六)  弁護士費用 一四〇、〇〇〇円

合計 一、六六六、九〇一円

六、よつて、原告は、被告両名に対し、右損害金残金およびこれに対する訴状送達後の昭和四三年四月二三日以降完済まで民法所定遅延損害金の連帯支払を求める。

と述べ、被告らの答弁および過失相殺の抗弁に対し

七、原告には何らの過失もない。原告は現場近くの阪神尼崎駅で客を拾い、ようやく発車したばかりで加速するいとまもなく徐行していたものである。

その他、被告らの答弁、抗弁事実中、原告の主張に反する部分は争う。と述べた。

被告ら訴訟代理人は、原告の各請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、旨の判決を求め、答弁、抗弁として、

一、原告の主張事実中

(一)  原告が主張の運転手であるところ、主張の日時場所において主張どおりの両タクシー車衝突事故が生じたこと、その加害タクシーの運転者、保有者が原告主張のとおりであること、

(二)  右事故により原告が傷害を受けたこと

(三)  右事故により原告が請求原因四の(一)ないし(三)、同四の(四)の2ないし4、同四の(七)の各損害を蒙つたこと、

はいずれも認める。その余の主張事実は争う。

二、しかし、右事故は、被告山田の一方的過失によるものではなく原告の過失もまた重大な原因をなしている。すなわち、原告はそのとき、

(一)  左方の車両(加害車)を全く無視していたし、

(二)  また、一旦停止あるいは徐行をせず、かつ、左方を確認もせず、同同交差点に進入した等

重大な過失がある。それで過失相殺を抗弁する。

三、原告の損害に関する主張のうち

(一)  請求原因四の(四)の1、同(五)にある原告の収入日額は社会保険料を控除して算出した一、八九二円である。

(二)  同(五)の労働能力の喪失が永久に続くとは考えられない。

(三)  同四の(六)の慰藉料の額は過大に失する。

それで、原告主張の損害額は大幅に減額さるべきものである。

と述べた。

〔証拠関係略〕

理由

一、次の事実は当事者間に争いがない。

(一)  原告がタクシー会社のタクシー運転手であり、被告山田も被告会社所有タクシーの運転手であるところ、原告主張の日時に、主張の交差点において、同所を北進していた原告運転のタクシーの左側面に、被告山田運転のタクシー(被告会社所有)が西方から衝突し、そのため原告が傷害を蒙つたこと

(二)  原告は、右受傷により、

1  治療関係費として計金三七八、六八三円を支出して同額の損害を蒙り、また

2  相当期間休業したため、請求原因記載四の(四)の2ないし4の手当等計五六、〇〇八円の収入を失い同額の損害を蒙り合計金四三四、六九一円の損害を蒙つたこと

二、原告は、右争いのない損害のほかに、休業損害、逸失利益による損害を蒙つた旨主張するので判断する。

(一)  原告は、一八六日間会社を欠勤し、日額二、〇二〇円の給料収入三七五、七二〇円を喪つた旨主張する。按ずるに、〔証拠略〕によると、

1  原告は、事故の翌日から昭和四二年一一月二〇日までの間において主張どおり一八六日間欠勤したこと、および

2  同年一月から三月まで三箇月間の収入として、社会保険料一〇、六三二円と所得税九〇〇円を控除した差引一七〇、二二五円を、会社から受取つた

ことが認定できる。

ところで、右の場合の純収入であるが、所得税についてはその全額を、社会保険料については月額一、〇〇〇円を超える部分(七、六三二円)を総収入から控除した残額一七三、二二五円が純収入であると判断する。したがつて、純日収はその九〇分の一である金、九二五円であり、原告主張にかかる一八六日間の休業損害は、計数上金三五八、〇五〇円である。これを超える原告の請求部分は理由がない。なお、社会保険料の全額を控除しなかつたのは、たとえ原告が会社をやめ無収入になつたとしても、若干の社会保険料を負担せねばならず、したがつて、本訴で請求する損害金をもつて社会保険料を支弁することもあり得るからである。

(二)  原告は、将来一五年間の逸失利益八三六、五四〇円の損害を蒙つた旨主張する。按ずるに、〔証拠略〕によると、原告(大正八年三月三〇日生)は本件事故により頸部損傷を受けていわゆる鞭打ち症になり、タクシー運転手として充分の勤務ができず、その稼働時間も会社の定めた規定より一割以上も短く、収入もまたそれに応じて減少しており、したがつて、その労働能力喪失率は原告主張どおり三〇〇分の三一を下らないことが認定できる。なお、この労働能力の喪失が継続する原告の就労可能期間であるが、それがタクシー運転業務という相当はげしい労働である点を考えると、就労可能期間は、昭和四二年一一月二一日(四八歳八月)から昭和五四年一一月二〇日(六〇歳八月)までの満一二年間と認めるのが相当である。

それで、日収一、九二五円による年収七〇二、六二五円に、一二年間の新ホフマン係数(利率年五分)九・二一五一を乗じて得た六、四七四、七六〇円の三〇〇分の三一である金六六九、〇五八円が原告主張の利益逸失による損害であると認定する。これを超える原告の請求部分は理由がない。

三、原告は、いわゆる強制保険から保険金七〇万円を受取つたことを自認し、これを前示損害金に充当したというのであるから、前示損害金の残額は

(一)  通院交通費 二八、九五〇円

(二)  付添看護費 二三、〇〇〇円

(三)  休業損害 二九二、七四一円

(四)  逸失利益 四六九、〇五八円

合計八一三、七四九円である。

四、原告は、右のほか、慰藉料、弁護士費用の各損害を主張するところ、弁護士費用一四万円については当事者間に争いがなく、慰藉料については、前示各事実および弁論の全趣旨に照し、金五〇万円をもつて相当と認定できる。これを超える原告の慰藉料請求部分は理由がない。

五、ところで、被告らは過失相殺を主張するので、按ずるに、〔証拠略〕によると、南方から北進して争いのない本件交差点に差しかかつた場合、西方(左方)道路に対する見透しは著しく困難であるにも拘らず、原告は、このとき、西方(左方)道路に対する安全確認に充分の意を払わず、また、一旦停止あるいは最徐行をせず、従前のままの速度(時速約一〇粁)で同交差点に進入した事実が認定できるから、本件事故の発生については、西方(左方)道路に対する安全確認を充分に尽さなかつた原告にも、過失責任がある、と言えないことはない。なお、被告山田については、原告主張どおりの過失があること、前掲各書証により、認定できる。

しこうして、走る凶器といわれる自動車の衝突事故は、悲惨な結果ないし莫大な損実を招来するのが通例であるから、同事故により生ずる損害の全部または一部を過失ある運転者に負担させることは極めて当然の事理である。それで、被告ら主張の過失相殺をなすべく、本件記録によつて認められる加害車、被害車の過失の程度を考慮し、前示認定の本件損害のうち、弁護士費用一四万円、慰藉料の一部四〇万円は、これを原告に負担させ、その余の損害すなわち前示三の損害金合計八一三、七四九円に慰藉料の残部一〇万円を加えたものは、被告ら各自に負担させるのを相当と判断する。

六、よつて、過失ある運転者被告山田および加害車の保有者である被告会社に対する原告の本訴請求中、金九一三、七四九円およびこれに対する訴状送達の後であること明らかな昭和四三年四月二三日以降完済まで民事法定遅延損害金の連帯支払を求める部分のみを正当として認容し、その余の請求部分を失当として棄却すべく、訴訟費用の負担については民訴九二条九三条、仮執行の宣言については同一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田義康)

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